針灸の医学
- yokando2
- 2019年10月23日
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昭和31年に発行された創元医学新書の『針灸の医学』は、医学博士長浜善夫先生の著作です。本書では、針灸施術の基本概念である経絡と経穴について、西洋医学でどう説明されるかを、わかりやすく解説してあります。
長浜博士は、鍼灸治療を野蛮な民間療法だとして切り捨てることはせず、なにゆえ、この伝統医学によって病気が治るのかを、長年にわたって研究し、晩年は、東洋医学専門の診療所を開設し、鍼灸治療を行い、多くの患者を治されました。昭和24には、針の響きに非常に鋭敏な反応の出る患者に遭遇し、針の響きを感じる個所をたどっていくと、昔の医書に載っている経絡図とほぼ一致することを発見されました。だから、人間というのは経絡にそって気血が循環しているとした古人の説は、荒唐無稽な絵空事でなく、臨床経験に基づく現象の忠実な説明であることが判明したわけです。
それでは以下に本書の要点を以下に記します。
【針と灸の効果】
針も灸も施術部位は主として経穴である。針は速攻はあるが一時的で、灸は効果があらわれるのは緩慢であるが永続的である。そのため、針は急性病に適し、灸は慢性病に適している。針は瀉で冷の傾向があり、灸は補で温の傾向がある。が、技を駆使すれば針でも灸でも補瀉が可能である。
【針の響き】
針を刺入していくと、皮膚を通ってしまったあとはほとんど無痛で、ある深さまで達すると、徐々に、あるいは突然に特別の感じが起こる。針が神経に触れたときのような強烈な感じとはまったく異なるもので、かすかに電気をかけられたような感じであり、しみいるような、または重苦しいような感じ、時には熱感または冷感という形式で表現できるような感じである。これが“針の響き”といわれているもので、この響きは、一定の方向に放散されていくが、神経の道筋とは全く違う方向であることが多い。また、そのスピードも、神経のように一瞬で伝わるのではなく、かなりゆっくりと伝わる。
【針療の特徴】
痛みがある場合、一番痛むところに刺しても効果があるが、その付近を触ってみて特に敏感な反応のある経穴に施術すると、いっそう効果的である。神経痛や筋肉痛では痛むところにむやみに刺しても良い結果を生まない。頭痛や肩こりでは、手足のしかるべき経穴を選んで刺針するだけで愁訴が取れることが多い。胸部や腹部に何か病気があると、その部分に圧痛が現れるが、そこと経絡的に関連のある手足の経穴に針を刺すと、もとの圧痛が消えたり、少なくなったりする。したがって、針は経絡に対する療法であるといえる。
【灸の感じ】
燃焼したモグサが皮膚に達すると、ただ熱いと感じるのではなく、しみとおるような鋭い熱さを感じ、押さえつけられるような痛みと似た感じであったり、針で刺されるようなチクリとした感じであったり、一瞬ヒヤッとするような冷感に似たものだったりする。この刺激は、敏感な人では苦痛に感じるが、老人や灸に慣れた人では気持ちよく感じられる。すえている間は多少熱さをこらえることになるが、すえ終わると、からだ全体が軽くなったように感じられる。この独特の熱感は、灸点の深部にしみとおっていくと同時に、一定の方向に流れるように進んでいく。灸を行うと、小さい火傷が起って、発赤や水疱となり、やがてかさぶたも出来てかゆみを覚えるようになる。
【灸療の特徴】
灸は針と同じく経絡に対する刺激であり、火熱を利用して病人に対して温補の効があり、火傷による治効作用がある。火傷の起きた部位にヒストトキシンという有効物質ができ、これが徐々に吸収されることによって効果が持続的する。したがって、応急処置や蘇生術として用いられることもあるが、むしろ慢性病に推奨される。
【鍼灸でよくなる病気】
針灸療法は気の不調を調節して病気を治す療法で、機能的な病気をよく治すことができるものの、器質的な変化のある病気を治すのは容易でない。が、鍼灸療法の主旨が病人の自然治癒力を促進させることにあるので、基本的にはどんな病気にも適応できる。からだの変調が目立ってくる中年以降の人には特に実績が上がっている。めまい、動悸などの神経症状に対して有効で、いろいろな痛みを解消させることもできる。器質的な病変に対しても、機能的失調をよくする処置を続けることで、大もとの病変も修復されて根治に至ることがある。感染症や炎症に対しては、病原菌に直接働きかける力はないが、病原菌の侵襲に対する防衛機能を強化助長(白血球を増加)させることにより間接的に働きかけることが可能である。高血圧症や脳卒中による麻痺に対しても有効で、急な血圧上昇に対しては委中や尺沢の瀉血が効果的である。肺結核や癌に対しても、化学療法のみに頼るのではなく、病人の全身状態をよくして闘病力を増強するために鍼灸療法を併用することが望まれる。
【針灸の新しい解釈】
灸では、赤血球、白血球ともに増加し、また火傷によって生成されるヒストトキシンが血液に吸収されて様々な著効をなす。同じように、針では、赤血球はほとんど変化しないが白血球は著明に増加し、また刺針によってタンパク質が分解されて多くの遊離アミノ酸ができ、これがアレルギー性の病気に効果がある。セリエ教授によると、ストレスにより脳下垂体前葉にACTHホルモンから出て、これが副腎皮質に働いてコーチゾンその他のホルモンを出し、生体をもとに戻そうとする。こういうことから、針灸は、一つの非特異性ストレス療法といえる。
【経穴の実態】
経穴は、解剖学的には、筋溝、筋縁、腱の上、関節、骨の凹んだところ、動脈拍動部などであり、深さは、上皮組織より筋膜に至る間の皮下組織が中心になっている。皮下組織は神経や血管を取り巻く結合織線維からなり、その間隙には組織液が充満している。組織液は末梢の毛細血管と毛細リンパ管から漏出してできたもので、管内液とも交流している。
【結合織系としての経絡】
手のひら側の前腕の皮膚に生理食塩水を皮内に注入し、それが完全に皮下に吸収されていく時間を調べたところ、経絡主流線上が経絡外より速く、経穴部ではやや遅くなっていた。すなわち、皮下の組織液がよく動くところが経絡となっており、経穴はその流れが悪く停滞しがちなところであり、経絡・経穴の異常現象は、結合織の変化が主体になっていることが分かる。したがって、経絡・経穴の異常状態を作り出したもとなる結合織に針灸刺激をあたえて、正常の状態に戻すことに成功すれば、全身の経絡の流通がよくなり、臓器の機能障害も回復して、病気が解消するようになる。皮下に組織液が充満している状態が“実”で、枯渇している状態が“虚”と考えられ、針灸刺激によれば組織液の流れを正常に戻すことができる。ただし、直接刺激では、病的になった組織をさらに傷つけることになるので、遠隔部から間接的に刺激を与えるほうが有利である。
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