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墨西奇譚18
きょうは、いろいろな方から声を掛けられ、お話した。 すこしびっこをひいた小柄の男性お年寄り; 「あなたいいね。いつも笑顔で。もう一人の若い方は失礼な奴だね。私が拝殿の大根をとって本殿に持っていってあげようとしたら、“とるんじゃない”と大声を上げた。私が、盗もうとしたと思ったらしいね。そこで、口論となったんだ。すると、本殿から人が来てね、納めてくれたよ。しかし、あなたみたいにいつも笑顔で受け答えしてくれると、拝みたくなるね。あんたは神様の使いのようだよ。」 本殿を下る階段の途中で中年のおばさんから声をかけられた; 「このシミみたいな模様が多い大根がおいしいんだよね。あなたは、料理作るのと、食べるのとどちらが好きですか。」「もちろん、食べる方です。」「私は作る方。私は管理栄養士だからね。主人も子供たちも作る方が好きだよ。子どもは、運動して疲れた時は冷蔵庫の中の残り物を食べるけど、元気な時はおいしい料理を作ってくれるよ。」「それは、将来楽しみですね。」 私と同じくらいの歳の一見元気そうな男性; 「きょう、大根はいらないですか?」と私。「重た
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2 時間前読了時間: 2分
墨西奇譚17
先日(10月7日)、二人の女性から話しかけられた。 二人とも50歳くらいのおばさん。一人は駐車場で話しかけられた。この寺を訪れるのは初めてで、お下がり大根をいただきたかったけど、すでに配布終了だったので残念、次はいつ配布されますか、と訊かれた。私がお昼前後になるのじゃないかな、と答えると、そんなに待てない、残念だわ、とおっしゃった。私は、その場を離れて持ち場へ帰った。 すこし思案して、本殿に上がり、職権で奉納された大根を1本取り、それをレジ袋に包んで、駐車場へ向かった。すると、件のおばさんがこちらに向かってこられていたので、「初めてで手ぶらで帰られるのは忍びないので、本殿から取ってきました。お下がり大根です。ご利益ありますよ」と言って、大根を渡した。おばさん、満面の笑みで「大変うれしいです」とおっしゃり、非常に感激されていた。 もう一人は水商売をやっておられるおばさんで、この寺には何回か来たことがあるが、ここの空気は違いますね。何か、こう、云々、とおっしゃるので、私は、そうなんですよ、私も初めてここに来た時それを感じました、と答えた。
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10月12日読了時間: 3分
墨西奇譚16
きょう(10月3日)、60歳のクリスチャンのおっちゃんから話しかけられた。 母親が本堂に入ってお祈りしているのを待っていると言う。自分はお願いをしてもちっとも願いが叶わない、とおっしゃる。だが、自分の友達はあっという間に願いが叶ったそうだ。 「自分の友達もクリスチャンだが、30歳から30年間、ずっと結婚できないでいたので、私が聖天様を紹介したら、祈祷をお願いして1カ月もたたないうちに理想の女性と出会い、そのままゴールインした」とのこと。 クリスチャンなのにお寺にお願いして願が叶うのだから、聖天様の懐の深さが分かる。 このおっちゃん、自分お願いが叶わないことに少々不満そうだったので、私、次のようにアドバイスした。 「私も願い事がずっと叶わず、あきらめかけたときにパット物事がうまくいって、とんとん拍子に願が叶ったんですよ。あなたも、聖天様を信じ、辛抱強く待っていたらきっといいことがありますよ」
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10月3日読了時間: 1分


墨西奇譚15
幸せを呼ぶ1万円札 きょう本殿の前に麦藁帽をかぶって立っていたら、ひとりの老人が声をかけて来た。 「うちのが狂って来たんだ」 と言う。ひょっとして認知症が進んでいらっしゃるのかと思いながらよく聞いていると、そうではなく、 「わしもうちのも友達もおらず遊びもせずお酒も飲まない。それで年を取ってから何もやることがなくなってしまった。そしたら、うちのが急に神社仏閣巡りを始めちゃって、私はそれにつき合わされている。うちのは御朱印帳を仰山持っている」 とおっしゃる。ここの寺にも何度か来ており、遠く出羽三山や身延山も訪れたとおっしゃる。そんな話をしていると、御朱印を書いてもらった奥さんが本殿から下りてこられた。私が、 「奥さんは神社仏閣によく行かれるそうですね」 と声を掛けると、奥さんは、手に持った包みを開けて、 「これ、小さくて可愛いでしょう」 とおっしゃり、小さな金色の鈴のお守りを見せてくれた。それから、いろいろお話した。二人とも現在80歳で、高校2年の時に奥さんが旦那に声をかけて交際が始まり結婚されたというから、もう
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8月28日読了時間: 2分


思い出の歌4
若いころの宮崎美子さん 文部省唱歌「花火」(1941年) どんとなった 花火だ きれいだな 空いっぱいに ひろがった しだれやなぎが きれいだな 私がK大学の修士課程にいたころ、学部には宮崎美子さんがいた。彼女は、週刊朝日の表紙を飾り、ミノルタで水着姿を披露し、一躍時の人となっていた。とある日の昼食どき、我々ゼミの仲間は、校門に美子ちゃんが一人でたたずんでいるのを発見し、近寄って、「美子ちゃんですよね」と声をかけ、みんなで握手して、学食を食べに行った。おそらく、このことがきっかけで、彼女は芸能界入りを決断したんだと思う。 ところで、そのころ、私のゼミの仲間の友達の彼女に「ぷーさん」という可愛くて元気のいい子がいた。美子ちゃんと甲乙つけがたい魅力に富んだ女の子だった。プーさんはいわゆる左翼(私の学生時代は多くの友達が左翼だった)で、過激派でもあった。過激派と言っても、口だけで、火炎瓶は投げないし、爆弾なんて作らない。 そのプーさんが、懇親会などで、座が徐々にもりあがってくると、やおら立ち上がって「どんとなった花火」と歌い出し、踊
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8月18日読了時間: 2分
思い出の歌3
サイモンとガーファンクル「スカボローフェア」(1966年) Are you going to Scarborough Fair Parsley, sage, rosemary and thyme Remember me to one who lives there She once was a true love of mine Tell her to make me a cambric shirt Parsley, sage, rosemary and thyme Without no seams nor needle work Then she'll be a true love of mine Tell her to find me an acre of land Parsley, sage, rosemary and thyme Between the salt water and the sea strands Then she'll be a true love of mine Tell her to reap it
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8月18日読了時間: 2分
思い出の歌2
浅川マキ「ハスリン・ダン」(1972年) 聞いてちょうだいよ あたしの彼のことを 彼は満足以上の 最高のBlack man ハスリン・ダン 私のいい人 私のいい人は いつもどこかの土地で 博打打って暮らしてる 最高のギャンブラー ハスリン・ダン 私のいい人 誰が何と言おうと 私は彼が好きだわ 彼は満足以上の 最高のBlack man ハスリン・ダン 私のいい人 彼は名うての博打打ち 彼のそのやり口は 正々堂々と勝負する 最高のギャンブラー ハスリン・ダン 私のいい人 誰が何と言おうと 私は彼が好きだわ 彼は最高のギャンブラー 最高のBlack man ハスリン・ダン 私のいい人 テムズビルにいたころ 彼は病に倒れた 私はお金を送ったが この世を去った ハスリン・ダン ああいい男だった あれからの私は 残された私は 彼の後を追うために 拳銃を買った ハスリン・ダン 私のいい人 聞いてちょうだいよ ハスリン・ダンのことを 彼は死んでしまったが、最高のBlack man ハスリン・ダン 私のいい人 ハスリン・ダン 私のいい人
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8月18日読了時間: 3分
思い出の歌
ミッシェル・ポルナレフ「愛の休日」(1972年) Holidays, oh holidays C'est l'avion qui descend du ciel Et sous l'ombre de son aile Une ville passe Que la terre est basse Holidays ビートルズ「ゲット・バック」(1969年) Jojo was a man who thought he was a loner But he knew it couldn't last Jojo left his home in Tucson, Arizona For some California grass Get back, get back Get back to where you once belonged Get back, get back Get back to where you once belonged Get back Jojo Go home 8月は、81年前の6日の広島原爆投下に始まり、9日の長崎原爆
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8月18日読了時間: 3分
墨西奇譚14
昨日、杉浦日向子の「江戸見物(軟派編)」に載っているコースを自転車で巡った。このとき、「助六」で玩具“とんだりはねたり”を 4000円で購入し、“長命寺さくらもち”と煎茶を500円で食し、アサヒのビアホールで黒生ビール820円を飲み、清澄庭園に入場券70円で入った。合計5390円の出費だった。 きょう、境内を清掃していると、いつものおばちゃんが近寄ってきて封筒を差し出した。きっと、現金が入っているに違いないと思い、「こんなことをしてもらったら困ります」と言ったが、封筒は受け取った。そのあと、別のおばちゃんが自家製の大根のきんぴらをくれ、また別のおばちゃんは熱中症予防のためと言って塩飴2個くれ、またまた別のおばちゃんからは缶コーヒー2個をいただいた。 きょうは湿気がひどく、ちょっと動いただけで汗びっしょり。クーラーの効いた部屋でちょっと休憩し、缶コーヒーを飲みながら件の封筒を開いてみた。なんと、津田梅子が入っていた。これで、昨日の出費がほぼ回収できてしまった。 最近、こんなことがよくあるのだ。 例えば、5月18日に飛行機のキャンセル
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7月13日読了時間: 2分
墨西奇譚13
きょう、昼前、一人のおっさんが私に話しかけて来た。私と同じくらいの歳の人で、いつもは、不案内な参拝者を見つけては案内を買って出ている人だ。きょうは私にこんな話をしてくれた。 自分は近所の都営住宅に住む。近所には足の不自由な人がいて、ここの大根を届けてあげると喜ばれるので、雨の日以外は毎日来ている。ここのご利益はすごいね。昔、年の頃35歳くらいの男性が杖をしてびっこひきながら参詣に来た。その人の話を聞くと、自分は足腰が悪く、長い間医者に通っているが、なかなか良くならない。そこで、その医者が、この寺を紹介し、願いが叶うので有名なところだから、試しに行ってみてはどうか、と話してくれたそうだ(医者が神頼みを奨励するとは驚きだ?!)。それで、遠く横浜からやって来たとのこと。この男性、柔軟で素直な人らしく、いつも大根をお供えし、帰りにはお下がり大根を持ち帰り、自宅で食していたという。その後、おっさんは何度かこの男性と、この寺で会ったが、しばらくすると杖なしで歩いて来れるようになり、二人で喜び合ったそうだ。 このおっさんも、大根をよく食べる。胃腸を浄化
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7月11日読了時間: 1分


徳川吉宗
昔、遊び人の金さんというのがいて、背中に桜吹雪のいれずみをし、飲む・打つ・買う、の三拍子そろったイナセでやくざなお調子者なのだが、実は、八百八町のお江戸を取り締まる町奉行の遠山左衛門尉景元金四郎であった。 金さんは天保の改革のころに活躍したのであるが、それより50年ほど前に...
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2023年12月19日読了時間: 1分


小堀遠州
小堀遠州(1579-1647年)は、本職は秀吉、家康に仕えた武士でありながら、茶人であり、築城家であり、庭師でもあった。 茶人としては千利休の弟子の古田織部の弟子であり、ストイックなまでに「わび」を追求した利休に比べ、遠州はもうすこしおおらかな「きれいさび」の世界を築き上げ...
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2023年12月19日読了時間: 2分


夢窓国師
「山水に得失なし、得失は人の心にあり」 これは鎌倉~室町時代の禅僧で庭師、夢窓国師(1275-1351年)の言葉である。山水とは庭園のことで、利害得失は自然や庭園そのものにはなく、人の心にあるのだ、と説いていて、夢窓国師にとって、作庭は自らの修行であり、人々に仏の教えを説く...
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2023年12月19日読了時間: 3分


徳川家康
松本清張が青少年向けに書いた伝記『徳川家康』には、家康の考え方や行動がわかりやすく紹介されている。 例えば道楽であるが、信長の道楽は猿楽で、秀吉のそれは茶の湯であるとすれば、家康の道楽は鷹狩りだった。鷹狩りは足腰が鍛えられるため健康によく、また、田や畑を歩き回るので民の生活...
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2023年12月19日読了時間: 5分


埴谷雄高
『生命・宇宙・人類』(角川春樹事務所、1996年)には、「太陽」1992年6月号に掲載された立花隆と埴谷雄高の対談が掲載されている。インタヴュアーの立花隆が、埴谷雄高の人生およびその哲学について話を伺う形式がとられている。...
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2023年12月19日読了時間: 5分


加藤周一
加藤周一(1919-2008年)は小学校で芥川龍之介全集を読破し、中学校では万葉集をそらんじるほど読み込んでおり、大学では医学(血液学)を専攻したにもかかわらず、仏文研究室にも出入りし、辰野隆教授、渡辺一夫助教授、中島健蔵講師らと対等にヴァレリーやマラルメについて語り合って...
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2023年12月17日読了時間: 4分


岡潔
岡潔(1901-1978年)は、多変数関数論の研究で世界的に著名な数学者である。岡潔は奈良女子大学の先生をされていた。それで、私は、奈良に奈良女子大学という女性だけの国立大学があるというのを知った。岡潔という人は、一風、変った人だったようである。...
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2023年12月16日読了時間: 2分


原田正純
2012年6月11日、熊本県の医師で長く水俣の病患さんたちと関わってこられた原田正純(1934-2012)さんが亡くなられた。あのころ、原子力発電所の危険性を訴え続けた高木仁三郎さん、公害被害者の立場で公害問題を研究されてこられた環境学者の宇井純さんと、日本の高度成長期に、...
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2023年12月15日読了時間: 2分


ガウス
1800年、ガウス(1777-1855年)23歳のとき、ガウスの周りには以下のような著名な数学者がいた。 ラグランジュ 64歳 ラプラース 51歳 ルジャンドル 48歳 フーリエ 32歳 ポアソン 19歳 コーシー 11歳 そして アーベル -2歳 ヤコービ -4歳...
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2023年12月14日読了時間: 3分


コロンブス
1492年10月12日、イタリア生まれのコロンブス(1451-1506)はバハマ諸島のひとつであるサンサルバドル島に到着した。これが西洋世界から見た新大陸の発見である。コロンブスは航海日誌に、初めて見た先住民たちについてこう記している。...
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2023年12月13日読了時間: 2分
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