墨西奇譚15

幸せを呼ぶ1万円札
きょう本殿の前に麦藁帽をかぶって立っていたら、ひとりの老人が声をかけて来た。
「うちのが狂って来たんだ」
と言う。ひょっとして認知症が進んでいらっしゃるのかと思いながらよく聞いていると、そうではなく、
「わしもうちのも友達もおらず遊びもせずお酒も飲まない。それで年を取ってから何もやることがなくなってしまった。そしたら、うちのが急に神社仏閣巡りを始めちゃって、私はそれにつき合わされている。うちのは御朱印帳を仰山持っている」
とおっしゃる。ここの寺にも何度か来ており、遠く出羽三山や身延山も訪れたとおっしゃる。そんな話をしていると、御朱印を書いてもらった奥さんが本殿から下りてこられた。私が、
「奥さんは神社仏閣によく行かれるそうですね」
と声を掛けると、奥さんは、手に持った包みを開けて、
「これ、小さくて可愛いでしょう」
とおっしゃり、小さな金色の鈴のお守りを見せてくれた。それから、いろいろお話した。二人とも現在80歳で、高校2年の時に奥さんが旦那に声をかけて交際が始まり結婚されたというから、もう、とうに金婚式も過ぎておられる。よくもまあ、こんなに長く仲良くすごされているなあ、と感心した。そんな話をしたあと、私が、
「お下がり大根を持って帰って食べるとご利益がありますよ」
と言うと、さっそく、奥さんが旦那を連れてお下がり大根が陳列してある方に行かれた。しばらくして、二人が私の方に帰ってきて、折った1万円札を見せてくれた。これを逆さにして財布に入れておくと金運が増すとおっしゃる。二人とも自分の財布の中に納まった1万円札を見せてくれた。そして、その折った1万円札を見ず知らずの私にくれる、というのだ。私が、とんでもない、と言って拒絶すると、
「これを人にあげると、私たちも幸せになるのよ、ぜひ受け取って」
と、奥さんがおっやる。だんなが、知り合いがいて、遺産10億円もらって半分以上税金でもっていかれた、という話をはじめると、奥さんが、すかさず口をはさむ。
「お仕事あるんだから、やめなさい。さあ、帰りますよ」
奥さん、確かに狂っておられるが、認知症では全くないでないか。私は、ありがたく1万円札をいただいた。只今、その1万円札は逆さにして私の財布に収まっている。
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