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寺田寅彦

  • yokando2
  • 2023年11月13日
  • 読了時間: 3分

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私がブログをほぼ毎日つけ始めるようになったのは、熊本のお百姓さんが訳したトルストイの「文読む月日」に触発されてのことで、私も読んだ本や考えたことを備忘録として残したいと考え、日々ブログにUPしてきた。が、ひと昔前、30年ぶりに寺田寅彦の随筆集を再読していて、これは、今のブログじゃないかと思った。さすがに名随筆といわれたことだけあって、様々な日常の些細な出来事の本質が、彼の科学者としての哲学でもって、鋭い視点で、淡々と語られている。次にその中のひとつを紹介する。文中の「宇宙線」を「放射能」に置き換えると、東日本大震災のときに福島原発がメルトダウンを起こした時の状況に、別の一面が再現される気がする。


「理化学が進めば世の中に不思議はなくなるであろうと言う人がある。しかし科学が進めばかえって今まで知られなかった新しい不思議なものが出て来るのである。現在物理学者の問題となっている宇宙線などもその一例である。


宇宙のどこの果てからとも知れず、肉眼にも顕微鏡にも見えない微粒子のようなものが飛んで来て、それが地球上のあらゆるものを射撃し貫通しているのに、われわれ愚かなる人間は近ごろまでそういうものの存在を夢にも知らないでいたのである。・・・


ビルディングの中の金庫の中にだいじにしまってある品物でも、この天外から飛来する弾丸の射撃を免れることはできないわけである。従ってわれわれのだいじな五体も不断にこの弾丸のために縦横無尽に射通されつつあるのは事実で、しかも一平方センチメートルごとに大約毎分一個ぐらいの割合であるから、たとえば頭蓋骨だけでも毎分二三百発、一昼夜にすれば数十万発の微小な弾丸で射通されている。・・・


宇宙線が脳を通過する間に脳を組成するいろいろな複雑な炭素化合物の分子あるいは原子の若干のものに擾乱を与えてそれを電離あるいは破壊するのは当然の事であるが、その電離または破壊が脳の精神機能の中枢としての作用になんらかの影響を及ぼすことがあるかもしれないと想像することは、決して科学的に全く不合理のことではないように思われる。・・・


たとえば「紅茶にしようか、コーヒーにしようか」というような場合に、「そのどっちか」にきめさせるという程度の影響がないとも限らない。・・・ある人間のある瞬間に宇宙線が脳のどの部分をどう通過するかによって、その人の一生の運命が決定することもありはしないか。・・・


のどかな春日の縁側に猫が二匹並んですわっている。庭の木々のこずえには小鳥の影がちらちらする。二匹の猫があちらこちらに首を曲げたり耳を動かしたりするのが、まるで申し合わせたようにほとんど同時に同一の挙動をする。ちょうど時計じかけで拍子を合わせた二つの器械のように見える。それが、どうかした拍子で、ふいと二つの猫の個性だか自由意志だかが現れて二つが違った挙動をするようになる。これは二つの猫の位置のわずかな差のために生ずる些細な音や光の刺激の差でも説明されるかもしれないが、しかしまた猫の「自由意志」にも支配されると考えられよう。その自由意志が秋毫も宇宙線に影響されないとは保証できないような気がする。・・・」(昭和八年六月、中央公論)


寺田寅彦(1878-1935年)は高知県出身の物理学者で、熊本の第五高等学校のときは英語の先生が夏目漱石だった。漱石の「三四郎」のモデルは寅彦だったと言われている。

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