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万病回春

  • yokando2
  • 2022年2月15日
  • 読了時間: 10分

更新日:2023年7月30日

『万病回春』は明代の医者・龔廷賢(きょうていけん)の代表作で、1587年の著作である。


本書は全八巻で、第一巻では万金一統述の題で概括的に天地人を論じ、陰陽五行、臓腑功能、主病脉証等の基礎理論、次に薬性歌、諸病主薬、形体、臓腑、經脉等の総論を述べている。第ニ巻より第八巻までは、内、外、婦、児、五官等各科病症を190余種に分け、毎種の病症および病因、病機、治法方剤を載せ、後に医案を付してその意旨を明らかにしている。付録には雲林暇筆の医家十要、病家十要等を載せ、医者や患者の心構えを諄々と説いている。


1986年、緑書房から『和訓万病回春』が発行された。訓註者は長崎大学薬学部出身の吉富兵衛という人で、薬局を開局されている。本書執筆のきっかけは、癌の宣告を受けたことで決意が出来、家族の全面バックアップのもと、癌と共存しながらの本書執筆となったという。本書のお陰で、この不朽の名著が、一般の人にも近づきやすいものとなった。以下、本書の和訓を参考に、『万病回春』の内容を紹介していく。


本書がいかなるものであるかは、著者の序文を読めば理解できるだろうから、以下に、私の意訳でそれを記す。


・・・

予は、幼い頃より書物を広く渉猟し、古代の良相が天子を助け、造花の大いなる働きを調え、人民を春の温かい高台に招いたように、私もそういうものになりたいとの大志をもった。が、才浅くして人に劣ったため、晉国に仕えるのを断念し、春雲林麓の浜に隠れた。父親は医学で生計を立てていたので、その道を伝承して家を興すことにした。思うに、良相となって朝廷のはかりごとを助けて国家の維持発展に貢献することができなくても、良医になって民の病を診て人民の健康長寿に貢献できれば、世の表か裏かの違いはあるが、心身の養生は政治とともに世の中の道を正しく導く助けになるのではなかろうか。

顧みると、医の道は大にして医の書は多い。軒・岐(軒轅すなわち黄帝とその先生である岐伯)が現れ出でて《内経》を作ってからは、世の中で医を職とするものはこれを手本とした。倉・越(春秋戦国時代の名医・扁鵲と倉公)から時代を下り、劉・張・朱・李(金元時代の四大家・劉完素、張従正、朱震享、李果)などはそれぞれの専門を極め、かなりの評判を得た。ただ、彼らの書は広く深く精妙すぎて、会得することが容易でなかった。その上、一事に執心して他事に移らぬため、急所をとらえることができない。往々にして、処方を間違い、病を重くすることがあった。なんたることだ! 死から救って生還させ、万病を回春させることができない。ああ嘆かわしい! 

 万歴丁丑(1577年)、予はその弊に懲り、《古今医鑑》、《種杏仙方》を世に刊行したのであるが、この二書が世間に普及し、少しは養生摂生の役に立ったようだ。年々、経験を積み、施術でも効果を挙げ、多くの病人を治療し、慢性病をたちまちのうちに治し、草木が春になって生き生きと生長するように、少しでも民衆のお役に立ち、天の導きもあったのか、今まで埋もれていたものが現れ出でたようである。これは自分の術を自慢しているのではなく、専心努力し、物を興す春の心の如く、精進を続けてまいった次第を述べたのである。

 ここにおいて、心を苦しめること十年、軒・岐を祖とし、倉・越を宗とし、劉・張・朱・李および歴代の名家に法り、彼等の成果を取り入れ、それに自分の考えを加えて詳審、精密にしてこの書を完成させ、《万病回春》と名づけた。本書の真意は、天下の春を人の肺腑に収めることにある。春は造花生育の府であり、天においては元であり、人においては仁である。天は元をもって万物を生じ、病む諸物を回春せしめ、世の中を平安ならしめる。君子は仁をもって万民を生かし、病める民を回春せしめ、多くの民衆を長寿の境に至らしめる。かくして、三皇(伏羲、神農、黄帝)の世が春の如く民衆も諸物もことごとくその生を遂げたのを尊び、「回春」という表題を用いたのである。しかも、自家にのみ秘することなく、世に公開して、国中の家々にこの技を伝授して、活用してもらうことにした。

およそ、病症の原、脉絡の奥、方薬の製をもって正しい寒燥虚実補瀉に導き、緩急標本先後による様々な治法を提供し、明白簡潔なものにして、すべてを網羅するものとした。万病は本書によって回春必至であり、天の和気が養われ、太平の春を享受し、もって永く聖天子のもと仁徳、長寿を謳歌するようになろう。すなわち、国を挙げて春風和気の中にあるようになる。今、この日、三皇の春の盛世の如くに見えるではないか。

   万歴乙卯(1615年?)夏、金溪龔廷賢謹んで序す

・・・


『万病回春』には、190余種の病症に対し、それぞれに的確な処方が記されている。その中で、おおむね現在の感染症に相当する「傷寒」の症状に関する病因、診断、治方および処方を、本書から引用する。傷寒の処方としておよそ40種が記載されているが、ここでは、1番目の十神湯のみ記す。



・・・


【傷寒附傷風】


 脉を按じて陽浮にして陰弱、之を傷風と謂う。邪六経に在りて、俱に弦之に加う。陽浮は衛が風に中たれるなり。陰弱は栄気の弱なり。風が陽を傷(やぶ)る故に浮虚するなり。


 脉浮緊にして汗無きは之を傷寒と謂う。寒が栄を傷り、栄実すれば即ち衛盈るなり。陽脉緊は邪が上焦にあり、吐せんと欲することを主る。


 脉浮にして頭項痛み、腰背強ばるは病太陽にあり。脉長く、身熱し、鼻乾き、目疼き、臥するを得ざるは病陽明にあり。脉弦にして胸脇痛み、耳聾し、往来寒熱するは病少陽にあり。脉沈細にして咽乾き、腹満し自利するは病太陰にあり。脉微緩にして口燥き、舌乾きて渇するは病少陰にあり。脉沈濇にして煩満し、陰嚢縮まるは病厥陰にあり。


 左手の脉来たること緊盛ならば即ち是れ傷寒にして右手の脉は平和なり。右手の脉来たること緊の甚だしきは即ち是れ飲食内傷にして左手の脉は平和なり。左右の脉が俱に緊甚だしきは是れ夾食傷寒なり。此れを内傷外感となす。右手脉来たること空虚にして左手脉来ること緊盛ならば是れ労力傷寒なり。此れも亦内傷外感となす。左右の手脉来ること沈細、或いは伏にして面色青く、手足冷え、小腹絞痛し、甚だしければ則ち吐利し、舌捲き、陰嚢縮まるは即ち之れ夾陰の中寒にして此れを是れ真の陰症なり。


 脉来ること浮緊にして力あるは寒邪表に在るとなす。治は宜しく発散すべし。脉来ること沈実にして力あるは此れ純陰なり。宜しく陰を退け、陽を助くべし。脉来ること沈数にして力あるは熱が裏に相伝うとなす。宜しく邪熱を消解すべし。


 


【傷寒の証を審らかにする口訣】


 口苦きは是れ胆熱なり。口甘きは是れ脾熱なり。口燥き咽乾くは是れ腎熱なり。舌乾き口燥くものは是れ胃熱なり。


 手心が熱するは邪裏にあり。手背熱するは邪表にあり。手足温かきは陽証なり。手足冷ゆるは陰証なり。鼻濁涕を流すは風熱に属す。鼻清涕を流すは肺寒に属す。唇口共に腫れて赤きものは是れ熱極まるなり。唇口共に青黒きは是れ寒の極まるなり。


 凡そ目を開きて喜んで人を見るは陽に属するなり。目を閉じて人を見るを欲せざるは陰に属するなり。多く睡る者は陽虚陰盛なり。睡らざる者は陰虚陽盛なり。明を喜ぶ者は陽に属し、元気の実なり。暗を喜ぶ者は陰に属し、元気の虚なり。睡りて壁に向かう者は陰に属し、元気の虚なり。睡りて外に向かう者は陽に属し、元気の実なり。


 舌が青紫の者は是れ陰寒なり。舌が赤紫の者は是れ陽毒なり。


 譫語(せんご)の者で口に無倫(筋の通らない言葉)を出すのは邪気勝るなり。鄭声(ていせい)の者で語が接続せざるは精気脱するなり。狂言の者で無稽妄談するは邪熱気盛んなるなり。独語人無きに言うは是れ邪が裏に入れるなり。目が直視する者は円(黒目)正にして転動せざるなり。木声走響を怕(おそ)れる者は胃虚にして下すべからざるなり。瘈(ひきつけ)は脉急にして筋縮まるなり。瘲(ひきつけ)は脉緩にして筋伸びるなり。



【傷寒治法】


 正傷寒は大いに之を汗し、大いに之を下す。感冒暴寒は微しく之を汗し、微しく之を下せ。力を労し、寒を感じる者は温めて之を散らせ。温熱を病むは微しく之を解し大いに之を下せ。陰証にして陽に似たる者は之を温めよ。陽証にして陰に似たる者は之を下せ。陽毒は軽重を分ち之を下せ。陰毒は緩急を分ち之を温めよ。陽狂の者は之を下せ。陰厥の者は之を温めよ。湿熱発黄の者は之を利し之を下せ。血症発黄の者は之を清(さま)し之を下せ。発斑の者は之を清し之を下せ。譫語する者は之を下し、之を温めよ。痞満する者は之を消し、之を瀉せ。結胸の者は之を解し之を下せ。


 太陽の症にて少陰に似る者は之を温め、少陰の症にて太陽に似る者は之を汗せしむ。衂血(鼻血)の者は之を解し、之を止む。喘を発する者は之を汗し之を下す。咳嗽する者は之を清し之を解せ。


 表にある者は之を汗し之を散らす。裏にある者は之を利し之を下す。上にある者は因(したが)いて之を越(えつ)し、下に陥る者は昇せて之を挙ぐ。中に従(ぞく)する者は之を和解す。直ちに陰経に中たるは之を温補す。表を解して開かざるは裏を攻むべからず。日数多しといえども但し表症にして脉浮をあらわすは尚宜しく之を汗すべし。裏症の具わる者は表を攻むべからず。日数少なしといえども裏症で脉沈実をあらわすは宜しく之を下せ。同じが如くにして異なる者は之を明らかにせよ。是に似て非なる者は之を弁ぜよ。



◎四時の感冒風寒は宜しく表を解すべし。


《十神湯》 感冒風寒にて発熱悪寒、頭痛身疼、咳嗽喘急、或いは疹を成さんと欲するを治す。此の薬は陰陽両感風寒を問わず、及び四時不正、瘟疫妄行に並び宜しく之を服すべし。川芎、白芷、麻黄、紫蘇葉、陳皮、香附子、赤芍薬、升麻、乾葛、甘草。左を剉(きざ)みて一剤とし、毎服一両、生姜三片、煎じて服す。汗せんと欲せば被を以て之を蓋う。ただし、発熱頭痛するには細辛、石膏、葱白を加え、胸膈欝悶するには枳殻、桔梗を加え、心腹脹満には枳実、半夏を加える。潮熱には黄芩、麦門冬を加え、咳嗽喘急には桑白皮、桔梗、半夏を加える。大便閉には大黄、芒硝を加え、嘔吐には藿香、半夏を加え、泄瀉には白朮、茯苓を加え、瘧疾には草果、檳榔子を加え、痢疾には枳殻、黄連を加え、腹痛には白芍薬を加える。


・・・



『万病回春』の最後に、「雲林暇筆」と題して7篇の小文が掲載されているが、ここでは、医者や患者にとって大いに参考になる最初の2編を紹介する。



◎医家十要


一、仁心を存すべし、乃ち是れ良筬(よきいましめ)なり、博く施し衆を救う、恵沢斯(ここ)に深し。


二、儒道に通ず、儒医は世の宝、道理明らかなるを貴び、群書当に考うべし。


三、脉理を精(くわ)しくし、宜しく表裏を分つべし、指の下既に明らかにして、沈痾(慢性病)起こすべし。


四、病原を識(し)り、生死敢えて言う、医家此処に至りて、始めて是れ専門なり。


五、運気を知り、以て歳序を明らかにし、補瀉温涼、時に按じ治に処す。


六、経絡を明らかにし、病を認めて錯(あや)またず、臓腑洞然たるは、今の之扁鵲なり。


七、薬性を識り、方を立て病に応ず、温涼を弁(わきま)えずんば、恐らくは生命を傷(そこな)わん。


八、炮製を会わせ、火候詳(つまび)らかに細やかなり、太過不及は安危の係わる所なり。


九、嫉妬すること莫れ、人の好悪に因る天理照然たり、速やかに当に悔悟すべし。


十、利を重んずること勿れ、当に仁義を有(たも)つべし、貧富殊なると雖も、薬を施すに二無し。



◎病家十要


一、明医を選べ、病に於いて裨(たすけ)あり、慎まざるべからず、生死相随う。


二、薬を服することを肯(がえ)んぜよ、諸病退(しりぞ)くべし、有等(おおよそ)の愚人は自家擔閣(ぐずつく)す。


三、宜しく早く治すべし、始めは則ち容易にして、霜を履んで謹まざれば、堅き氷即ち至る。


四、房室を断てば、自然に疾無し、偶々(たまたま)若し之を犯せば、神医も術無からん。


五、悩怒を戒めよ、必ず須らく省悟すべし、怒る時は則ち火起こる、以て救護し難し。


六、忘想を息(や)めよ、須らく当に静養すべし、念慮一たび除けば、精神自ずから爽やかなり。


七、飲食を節すべし、調理に則(のり)あり、過ぎれば則ち神を傷り、太飽は尅し難し。


八、起居を慎み、交際当に袪るべし、稍若し労役せば、元気愈々虚せん。


九、邪を信ずること莫れ、之を信ずれば則ち差(あやま)ち、異端に誑(たぶら)かされて、人家を惑乱す。


十、費(ついえ)を惜しむこと勿れ、之を惜しむは何の謂ぞ、君が家に請問す、命と財孰(いず)れか貴き。

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