啓迪集
- yokando2
- 2023年7月29日
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『啓迪集』八巻
天正二年(1574年)刊
曲直瀬道三(1507~1594年)著
【啓迪集自序】
吾儕(わなみ)生縁を洛澨(らくせい)に禀(うけ)て、医術を利陽に学び、志を救恤(きゅうじゅつ)に励(はげま)し、業を宇内(うだい)に布(し)き、上は軒岐(けんぎ)の内経(だいけい)に始まり、下は百家の医書に及びて、日夜に之を翫味(がんみ)し、漸く厥(そ)の旨趣を究む。朱氏が発揮を閲(けみ)し、劉氏が微義を撿(しら)べて、医法に聖俗有るを知り、彦脩が纂要を察(あきらか)にして、天民が正伝を審(つまびら)かにして、薬方に精麁(せいそ)有ることを識(し)る。予、久しく華夷に出入して多く沈痾(ちんあ)を療し救活を護る者の、以て具(つぶさ)に載(の)せ難し。竊(ひそか)に顧(かえりみ)るに、吾が朝、未だ察証弁治の全書を著(あらわ)さざるなり。予、浅知を慮(おもんばか)らず、私(ひそか)に聖賢の櫽括(いんかつ)を拾い、普(あまね)く諸家の枢機を集めて、力を竭(つく)し意を極む。徐(やうや)く数十年にして綴りて以て八巻と為す。初め中風傷寒より、終り婦人小児に曁(およ)びて、弁証は必ず素問の神規を宗(むね)とし、配剤には毎(つね)に本草の聖矩を祖とす。泰定の養生主論に曰く、病者は必ず医を謀(はか)る、医者は必ず其の術を謀る、と。岐黄の問答は医の法なり、臨機応変は医の意なり。医意を以て聖法を用ゆること妄意に非ざるなり。危を察して沢涸を弁じ、脉を切して違順を知り、経を校(かんがへ)て昇降を分ち、気を観て呼吸を明(あき)らむるの類、頗(すこぶ)る九九の弁引に見たり。一言半句と雖も自ら作ること能はず。皆、之を旧法に随ふのみ。唯だ是れ菴下の姪孫(てつそん)を啓迪(けいてき)せんと要す。仍(より)て名づけて啓迪集と謂ふなり。忝(かたじけな)くも明時に遇ふ、一本を以て天覧に備(そな)ふ。剰(あまつさ)へ雲梯に攀昇(はんしょう)して、忽ち龍顔を拝し奉る。乃(すなは)ち斯(こ)の書をして広く天下に頒(わか)ち、将(ひきゐ)て永久に流(つた)へしむるの旨を蒙(こうむ)る。仰ぎて惟(おもんみ)るに、叡聖当天(えいせいたうてん)の慈政大同の仁徳のみ。
天正第二甲戌冬日、南至
翠竹菴一渓叟道三、焉(これ)を識(しる)す
【啓迪集弁引】八十一条
〈心〉丹渓心法
〈小〉医経小学
〈鑑〉衛生宝鑑
〈著〉明医雑著
〈格〉格致余論
〈得〉世医得効方
〈弁〉諸症弁疑
〈林〉医林集要
〈纂〉丹渓纂要
〈説〉医説
〈液〉湯液本草
〈選〉医方選要
〇方法の弁引(1)
〈心〉方は体、法は用なり。徒(いたずら)に体を知りて用を知らざる者は弊す。体用失わざるを上工と謂ふべし。
〈小〉法に定体無し、変に応じて薬を施す。方を執せずして宜(ぎ)に合(かなつ)て用ひよ。
〇変を知る(2)
〈鑑〉噫(ああ)、常を守るは衆人の見、変を知るは知者の見、常を知りて変を知らざれば細事に因りて敗を取る者の多し、況や医をや。
〇執を嫌ふ(3)
〈伝〉恙活湯の方後に曰く、然るに亦、一を執るべからず、中を執りて権無きは猶ほ一を執るがごとし。陰陽の人在ること、均しきは寧(やすら)ぐ、偏なるは病む。
〈伝〉今の医者は機変を識らず、此れに偏ならざるは彼れに偏なり。
〇逆従正権(4)
外科精義に曰く、病に微ある者は逆治す、理の正なり、病に甚ある者は従治す、理の権なり。
〇方土の貴賤(5)
本草序に曰く、医人の療亦た方の能(たへ)たるに随ふ。若し地を易(かへ)て居らば即ち乖舛(かいせん)を致し、豈(なん)ぞ前賢の偏に好む所有らんや。故に古方に、或は補養多く、導泄多きは方土に随ふ所以にして、或は衆味、単行は貴賤に施す所以なり。
〇病薬弁例(6)
衍義(えんぎ)に曰く、夫れ、人に貴賤少長有るは病、当に別に論ずべく、病に新久虚実有るは理、当に別に薬すべし。
〇久用の戒(7)
本草集要に曰く、世人盖(けだ)し、用いて福を為すことを知りて、用ふること久くして禍(わざわひ)を為すことを知らず。
〇標本緩急(8)
〈伝〉因は則ち本と為し、証は則ち標と為す。経に曰く、緩なれば則ち其の本を治し、急なれば則ち其の標を治す。
〇薬服の大小(9)
〈伝〉心肺は位近し、宜しく其の服を小にすべし。腎肝は位遠し、宜しく其の服を大にすべし。過と不及との如くんば皆、罸無過の地を誅す。
〇薬味の多寡(10)
〈著〉仲景が処方は薬品甚だ少なし、暴卒の外感を治するなり。東垣が用薬は多くは二十余味、緩舒の内傷を治するなり。
〇彼我慮弁(11)
夫れ、服食せんと欲すれば、当に性理の所宜を尋ね、冷暖の適を審らかにすべし。彼が力得るを見て我便(すなは)ち之を服すべからず。
〇因用の凡例(12)
〈玉〉の補中益気湯の後に曰く、熱は寒に因りて用い、寒は熱に因りて用い、其の所生を伏し、其の所因を先んず。
〇常薬節轉に随ふ(13)
〈心〉常に服するの薬、四時の転を失すべからず。
〇養薬の和偏(14)
〈格〉中和の味を安んずる者は心の収(おさま)りて火の降る。偏厚の味を安んずる者は欲の縦(ほしいまま)にして火の勝つ。
〇棗(なつめ)薑(しょうが)の味使(15)
〈鑑〉胃は衛の源、衛を益すには必ず辛を以て使と為し、脾は栄の本、栄を補すには必ず甘を以て使と為す。
〇霖湿の用例(16)
〈心〉霖雨(ながあめ)太過するは、湯剤の中に生薑を加へて湿を開き気を通ぜよ。
〇色形の察例(17)
〈玉〉心肺損して色蔽(やぶ)れ、腎肝損して形痿(なえ)る。
〇内外の病源(18)
〈得〉伝に曰く、内病は五臓より鬱発し、外病は経絡より感入す。
〇男女の気弁(19)
〈伝〉大抵、男子は陽に属して気散じ易く、女子は陰に属して気多鬱す。
〇治情の要例(20)
〈弁〉喜楽恐驚は正気を耗散す、散ずる者は之を益し、怒憂悲思は邪気を鬱結す、結する者は之を行(めぐ)らす、此れ七情を治するの要法なり。
〇内外の寒熱(21)
〈弁〉陽虚して外寒し、陰虚して内熱す。陽微(わずか)なるは悪寒し、陰弱は発熱す。
〇補瀉の弁時(22)
〈林〉の小児門に、凡そ五蔵各々本位に至りて即ち気盛んなるは更に補すべからず、所剋の位に至るは更に瀉すべからず。
〇弦沈筋骨の弁例(23)
〈伝〉痛風に、脉沈は骨を主る腎なり、脉弦は筋を主る肝なり。
〇滑濇湿瘀の弁例(24)
〈伝〉肢節腫痛に、脉滑は宜しく湿を燥すべく、朮星已殻、脉濇数は瘀血、桃紅芎帰大黄。
〇虚煩陰陽の弁例(25)
〈著〉食傷労倦は陽虚の煩熱、脉大にして力無くば、肺脾を補して気を昇せよ、労心嗜欲は陰虚の煩熱、脉数(さく)にして力無くば、心腎を補して気を降せよ。
〇四時瘥劇の弁例(26)
〈蘭室秘蔵〉労病、脉浮大にして手足煩熱す。春夏は劇す時、邪を助ければなり、秋冬は瘥(いえ)る時、邪に勝ればなり。
〇麻木(=しびれ)の因弁(27)
〈伝〉脉、浮にして緩は湿が麻痺を為す、緊にして浮は寒が痛痺を為し、濇にして芤は死血が木を為す。
〇頭痛の左右(28)
〈伝〉左は風に属し荊苛、血虚に属し、芎帰芍柏。右は痰に属し、朮半陳、熱に属し酒芩。
〇偏枯(=半身不随)の左右(29)
〈心〉中風、半身不遂は痰、左は瘀血死血に属し、四物桃紅、右は痰熱気虚に属し、二陳四君。
〇左右の気血(30)
〈小〉左脉虚小にして驚悸は血虚、右脉虚小にして耳聾は気虚なり。膈噎(かくいつ)、右脉力無きは四君、左脉力無きは四物。
〇肥痩の弁例(31)
〈伝〉肥白の眩暈は痰を清して火を降し補気を兼ね、黒痩の眩暈は陰を滋し火を降して抑肝を帯ぶ。
〈纂〉悪阻(=つわり)、肥人は痰、痩人は熱。
〇瘡嘔の初後(32)
〈伝〉腫瘍の時の嘔は毒気の上攻なり。潰後の時の嘔は陰気、之を補ふ。
〇新久の弁例(33)
〈心〉初得の中風は即ち気を順(めぐら)し、日久の中風は即ち血を活す。
〇宜下宜昇(34)
〈心〉の痢部に、大抵、壮実の初病は宜しく下すべし、虚弱衰老の久病は宜しく昇すべし。
〇咳嗽の新久(35)
〈著〉咳嗽新病、風寒は之を散じ、火熱は之を清し、湿熱は之を泄す。咳嗽久病、気虚は気を補し、血虚は血を補し、痰を兼ぬるは欝を開く。
〇経痛の前後(36)
〈伝〉月経、将に来んとして痛むは血実、四物に桃紅連香胕を加え、行後の疼(うず)きは気血の虚、八物加減して之を服す。
〇水腫肢腹(37)
〈心〉水腫、先づ腹より起こりて後、四肢に散ずるは治すべし、四肢より起こりて後、腹に散ずるは治せず。
〇腫脹の治例(38)
〈弁〉腫に虚実有り、治に王覇有り。
〇上下の弁例(39)
〈心〉の水腫部に、腰已上の腫は宜しく汗を発すべし、腰已下の腫は宜しく小便を利すべし。
〇気血の上下(40)
〈玉〉癩風部に、気、之を受けるは上に在ること多く、血、之を受けるは下に在ること多し。
〇酒塩の上下(41)
〈弁〉上焦の気熱は酒炒の芩連、下焦の気熱は塩炒の梔栢。
〇脚気の両便(42)
〈心〉大便実は桃仁を加へ、小便渋は牛膝を加う。
〇通血止痛(43)
〈液〉瞿麦は諸癃を主りて閉血を下し、車前は気癃を主りて痛みを止む。
〇治渇の潤堅(44)
〈鑑〉雑証、汗有りて渇せば辛を以て之を潤(うるほ)し、汗無くして渇せば苦を以て之を堅(かた)む。
〇未発已発(45)
〈伝〉凡そ、喘急、未だ発せざる時は正気を扶(たすく)るを主と為し、已に発する時は邪を攻めるを主と為す。
〇畜血の上下(46)
〈格〉喜(よろこ)んで忘るるは畜血は上に在り、喜んで狂うは畜血は下に在る。
〇上下齦弁(47)
〈伝〉足の陽明は上齦を絡し、坤土に属して動ぜず、熱を悪(にく)み寒を喜ぶ。手の陽明は下齦を絡し、物を嚼(しゃく)して動じ、寒を悪み熱を喜ぶ。
〇火証の虚実(48)
〈心〉実火は陽を瀉し、虚火は陰を補す。
〇気血の弁補(49)
〈著〉労倦辛苦は補気を主とし、労心思慮は補血を主とす。
〇沢衰の労因(50)
〈心〉心は血、腎は精を主り、精竭(つ)き血燥(かわ)けば労生ず。
〇内傷脾胃(51)
〈脾胃論〉に、飲食は胃を損じ、老倦は脾を傷(やぶ)る。脾胃虚するは火邪、之に乗じて大熱を生ず。
〇土静木動(52)
〈玉〉痙証部に、強直にして静は湿なり、蓋し土は静なり、汗無きは湿を流せ。搐(=けいれん)は風なり、蓋し木は動なり、汗有るは風を袪(さ)れ。
〇汗下の多損(53)
〈心〉汗多きは陽を亡(ほろぼ)し其の気を損じ、衛耗(へ)る。下すこと多きは陰を亡し其の形を損じ、栄衰(おとろ)ふ。
〇虚汗の陰陽(54)
〈心〉発熱自汗は陰虚、発厥自汗は陽虚。
〇面上寒熱(55)
〈心〉悪寒部に、面熱は手の陽明の経気有余、面寒は手の陽明の経気不足。
〇収陽の加味(56)
〈説〉陽気耗散の人には烏梅を加へ、微(すこ)し酸味を覚へ以て其の陽気を収む。
〇中風気中の弁例(57)
〈玉〉中風は身温にして痰涎多く、其の脉浮、気中は身冷て痰涎無く、其の脉沈。
〇昼夜動静の治例(58)
〈心〉愈風湯、空心の一服にては二丹丸を呑下す、動は以て神を安ず。臨卧の一服にては四白丹を呑下す、静は以て肺を清す。
〇灸証の弁例(59)
〈玉〉風、経に中(あた)り、口眼喎斜せば聴会、頬車、地倉。風、腑に中り手足不遂なれば百会、肩髃、曲池、風市、三里、絶骨。風、蔵に中り性命危きは百会、風池、大椎、肩井、間使、曲池、三里。
〇傷寒即鬱専伝(60)
〈伝〉夫れ、即病は多くは専経為り、欝病は多くは伝経為り。
〇中寒の温腎温血(61)
〈伝〉温腎は寒を禦(ふせ)ぐ、薑胕。温血は寒を散ず、桂帰。
〇中暑中熱動静二受(62)
〈伝〉大抵、静にして之を得るを中暑と名づく、汗無きは陰証なり。動じて之を得るを中熱と名づく、熱渇して汗出るは陽証なり。
〇温逐温補の別例(63)
〈玉〉疝部に、血、寒に因りて凝(こ)るは瘕(か)を為し、気、寒に因りて聚(あつま)るは疝を為す。
〇二便の順弁(64)
〈液〉下に在るを以て之を言へば便溺俱に陰、前後を以て之を言へば前は気、小便は気に順(したが)ひ、後は血、大便は血に順(したが)ふ。
〇病証色弁(65)
〈着〉白痢久しくして胃弱気虚は芩連芍を減じ、朮耆芩橘縮を加ふ。紅痢久しくして胃弱血虚は芩連を減じ、帰地膠橘朮を加ふ。
〇有汗無汗の弁例幷に気血の早晏(66)
〈伝〉の瘧部に、若し、汗無くんば汗有らんことを要す、邪を散ずを主と為し補を帯ぶ。汗有るは汗無きを要す、気を正すを主と為し、散を帯ぶ。気に在るは発すること早くし、血に在るは発すること晏(おそ)くす。
〇三陰の瘧目(67)
〈玉〉丹渓曰く、子午卯酉に発するは少陰の瘧(=おこり)、寅申巳亥に発するは厥陰の瘧、辰戊丑未に発するは太陰の瘧なり。
〇煩躁所入(68)
〈格〉火、肺に入るは煩し、腎に入るは躁す。
〇行血調気治痢の弁例(69)
〈玉〉血を行(めぐ)らさば便自ら安く、気を調えなば後重除く。
〇且哺の陰陽早汗晩下(70)
〈玉〉平且の潮熱、行陽の分に在るは気中の火を瀉し、日哺の潮熱、行陰の分に在るは血中の火を瀉せ。
〈此事難知〉汗は早を厭(いと)はず、午(=12時)前は陽、午後は陰。(便を)下すは晩を厭はず、已(=10時)より後は陰、已より前は陽。
〇目視の遠近(71)
〈伝〉能く遠視し能く近視せざるは火盛水竭、能く近視し能く遠視せざるは有水無火。
〇遠近の血源(72)
〈伝〉近血は大腸因り来る、四物に檳実槐芩を加う。遠血は小腸因り来る、四物に木通萸炒黄連を加う。
〇昼夜寛急(73)
〈伝〉脹満部に、朝寛(ゆる)く暮急なれば血虚、暮寛く朝急なれば気虚。朝暮皆急なれば気血俱に虚す。
〇頭痛内外(74)
〈玉〉大抵、四淫(=風寒湿熱)は皆外邪、其の多少に随ひて外を治す、気血痰火は皆内邪、気血の虚実、痰火の微甚に随ひて内を治す。
〇腹痛の部分(75)
〈玉〉腹痛、部分有り、之を治せば宜しく之を分かつべし。臓位、高下有り、之を治せば宜しく之を分かつべし。
〇淋熱の気血(76)
〈伝〉如(も)し渇して小便利せずば、熱上焦気分に在り、肺金之を主る。渇せず小便利せずば、熱下焦血分に在り、腎膀胱之を主る。
〇老少昏明(77)
〈玉〉の脹部に、然り、小児は水上に在り火下に在り、故に目明らかなり。老人は火上に在り、水足らず、故に目昏(くら)し。
〇眼疾補瀉(78)
〈選〉当に其の肝の有余不足を弁じて之を治さんとせば、肝、有余あれば心火を瀉す、経に曰く、実すれば其の子を瀉す、と。肝、不足あれば腎火を補す、経に曰く、虚すれば其の母を補す、と。
〇表裏の別次(79)
〈伝〉痘疹、傷寒と相似と雖も、治法実(まこと)に異なる。傷寒は表従(よ)り裏に入り(=外寒)、痘疹は裏より表に出る(=内傷)。
〇痘疹表裏の虚実(80)
〈伝〉灰白色陥頂多汗は表虚。紅活凸縦無汗は表実。吐瀉して食すること能はざるは裏虚、吐瀉せず能く食するは裏実。
〇疳因の来戒(81)
〈伝〉小児疳部に、経に曰く、数々肥を食すれば人をして内熱せしめ、数々甘を食すれば人をして中満せしむ。蓋し其の病、肥甘に因りて致すところなり、故に名を命じて疳と曰ふ。
【察証弁治啓迪集巻之一】
≪中風門≫≪傷寒門≫
【察証弁治啓迪集巻之二】
≪中寒門≫≪中暑門≫≪中湿門≫≪瘧疾門≫≪痢病門≫≪泄瀉門≫≪咳嗽門≫≪痰飲門≫≪喘急門≫≪水腫門≫≪脹満門≫≪積聚門≫≪霍乱門≫≪嘔吐門≫
【察証弁治啓迪集巻之三】
≪翻胃門≫≪頭痛門≫≪心痛門≫≪腹痛門≫≪腰痛門≫≪脇痛門≫≪脚気門≫≪痿証門≫≪痛風門≫≪痹証門≫≪黄疸門≫≪消渇門≫≪淋病門≫≪疝気門≫≪血証門≫≪衂血門≫≪嘔血吐血門≫≪咳血痰血門≫≪下血門≫≪尿血門≫
【察証弁治啓迪集巻之四】
≪諸気門≫≪諸虚門≫≪内傷門≫≪労瘵門≫≪汗門≫≪征忡動悸門≫≪健忘門≫≪眩暈門≫≪秘結門≫≪燥門≫≪火熱門≫≪尿濁門≫≪遺精門≫≪遺尿失禁門≫
【察証弁治啓迪集巻之五】
≪陰癲門≫≪鬱門≫≪心下痞満門≫≪吃逆門≫≪諸虫門≫≪吐酸門≫≪中悪門≫≪狂癲門≫≪痙証門≫≪厥証門≫≪痔漏門≫≪脱肛門≫≪班疹門≫≪損傷門≫≪眼目門≫≪耳病門≫≪鼻病門≫≪唇舌門≫≪咽喉門≫≪牙歯門≫≪鬚髪門≫
【察証弁治啓迪集巻之六】
≪瘡瘍門≫≪破傷風門≫≪癩風門≫≪救急門≫≪老人門≫≪老人諸証大抵≫
【察証弁治啓迪集巻之七】
≪婦人門≫≪月経和違篇≫≪帯下篇≫≪崩漏篇≫≪婦人雑証篇≫≪求嗣篇≫≪胎前篇≫≪産後篇≫≪整容篇≫
【察証弁治啓迪集巻之八】
≪小児門≫≪嬰児保護篇≫≪諸審観察篇≫≪雑病証治篇≫≪疳証篇≫≪痘疹篇≫
以下、いくつかの門や篇を拾って記す。
≪腰痛門≫
〇腰痛の諸因
〈伝〉腎虚、瘀血、湿熱、挫閔、痰気有る諸々の腰痛には補気薬を用いず、亦た峻寒薬を用いず、故に曰く、通ぜずば即ち痛むと。
〇腰痛の脉弁
〈玉〉尺脉沈は腰背の痛なり。腰痛して時々精を失ひ、飲食減少して脉沈滑にして遅、此れ治すべきと為す。腰痛の脉は皆沈弦なり。沈弦にして緊は寒を為し、〈選要〉に之を温めよ。浮は風を為し、〈選要〉に之を散ぜよ。濇細は湿を為し、〈選要〉に之を燥せよ。実は閔肭(=打撲・捻挫)を為し、〈選要〉に之を通ぜよ。
〈伝〉腰痛は脉沈弦なり。沈を滞と為し、弦を虚と為す。濇は是れ瘀血、緩は是れ湿、滑伏は是れ痰、大は是れ腎虚。
〇六経の弁
〈玉〉経に曰く、太陽の腰痛は項脊尻背に引き、重状の如く、少陽の腰痛は針をして皮中に刺して仰臥すべからず、顧み難く、陽明の腰痛は以て顧みるべからず、見ること有るは善く悲しみ、少陰の腰痛は脊の内廉に引き、太陰の腰痛は下も横木有りて其の中に居るが如く、甚だしきは遺溲し、厥陰の腰痛は腰中に弓弩弦を張るが如し。又曰く、腰は腎の府、転揺すること能わず、腎将に憊(つき)んとすなり。
〇六経受邪幷に三因の弁
〈因〉大抵、太陽・少陰の多くは寒に中り、少陽・厥陰の多くは風熱に中り、太陰の多くは湿に中り、陽明の多くは燥に中り、類を以て之を推す、皆外因なり。失志は腎を傷つけ、欝怒は肝を傷つけ、憂思は脾を傷つく、皆腰痛を致し内因に属す。墜堕に因り悪血流滞し、房労疲力して精気を耗(へ)らす、腰痛を致し、内外因にあらざるなり。
〇治法の大抵
〈伝〉腎虚の腰痛は杜柏亀知枸杞子五味子を用う、或いは四物。瘀血の腰痛は血を行(めぐら)し気を順(めぐら)し、補陰丸に桃紅を加へて委中を刺し血を出す。湿邪の腰痛は湿を燥し気を行し、杜柏朮藭の類を用う。痰の腰痛は南半を主とし快気薬を加へ佐と為す。挫閃跌撲の腰痛は四物に桃紅蘇木の類を加う。
〈心〉寒湿の腰痛は熱見すれば減じ、寒見すれば増し、五積散に杜葉を加う。
〇針灸
〈玉〉凡そ、腰痛には腎兪、陽兪に灸す。太陽の腰痛には委中に刺し血を出せば効速なり。足の三陽は頭従(よ)り足に走り、三陰は足従(よ)り腹に入る、経の過(よぎ)る所、皆能く痛みを為す。何の経の過る所の分野かを審らかにして之を刺し、寒熱虚実を審らかにして之に薬す。
≪痹証門≫
〇痹証(=しびれ・マヒ)の因
〈玉〉経に曰く、風寒湿の三気、雑(まじ)り至りて合して脾と為(な)る。其の風気勝るは行痹と為り、其の寒気勝るは痛痹と為り、其の湿気勝るは着痹と為る。春を以て之に遇ふを筋痹と為し、夏を以て之に遇ふを脉痹と為し、至陰(どよう)を以て之に遇ふを肌痹と為し、秋を以て之に遇ふを皮痹と為し、冬を以て之に遇ふを骨痹と為す。
〇脉弁
〈伝〉脉浮にして濡は気虚に属し、関前之を得れば麻上体に在り、関後之を得れば麻下体に在る。脉浮にして緩は湿に属して麻痹を為す。脉緊にして浮は寒に属して痛痹を為す。脉濇にして芤は死血(=瘀血)に属して木を為し痛痒を知らず。
〈玉〉脉渋にして緊は痹の病なり。脉大にして濇も痹と為り、脉来ること急も亦た痹と為る。
〇麻(=しびれ)と木(=マヒ)との異
〈伝〉丹渓曰く、手の麻は是れ気虚、手の木は是れ湿痰・死血なり。又曰く、十指の麻は是れ胃中に痰有りと。
〇痹証所在の弁
〈玉〉骨に在れば重にして挙がらず(腎)、脉に在れば血凝て流れず(心)、筋に在れば屈して伸びず(肝)、肉に在れば不仁す(脾)、皮に在れば寒に逢ひて急(ひきつ)り、熱に逢ひて緩(ゆる)む(肺)。
〇治法の大抵
〈伝〉丹渓曰く、十指の麻木は是れ胃中に痰・湿・死血有り、二陳に二朮・桃・紅を加へて少しく附子を加へ経を行(めぐ)らす。又曰く、凡そ、周痹の治法は宜しく先ず汗して、後に補すなり。
〈玉〉経を温め湿を勝り、風を疏し血を養ひ、痰を去り気を調へば、不安無し。
〇禁物
〈伝〉魚腥・蕎麦・熱麺・煎炒等の物を忌む。
≪班疹門≫附癮疹
〇班疹(=皮膚炎)の属因幷に治法
〈心〉班は熱に属す、痰を挟みて作る、裏よりして外に発す。微汗を以て之を散じ、切に下げるべからず。
〈玉〉班疹各々異なること、瘡、惞腫を外に発するは少陽三焦相火に属し、之を班と謂ひ、小紅靨(えくぼ)、皮膚の中を行(めぐ)りて出でざるは少陰君火に属し、之を疹と謂ふ。凡そ、班顕れ自ら吐瀉するは多くは吉なり、慎みて乱治することなかれ。謂ふ、邪気、上下より皆出づるなり。
〇発班の軽重緩急の標本
〈玉〉陽証は大率、托裏、清熱、化班、涼血等の剤を用い、陰証は大率、調中、温胃を用いば、其の班、自ずから消ゆ。軽重俱に火の化に従ふと雖も、大抵、急は標を治し、緩は本を治す。
〇傷寒発班並びに治法
〈玉〉陽証の発班は四有り、傷寒の発班、時気の発班、熱病の発班、温毒の発班。班々として、錦文の如きは、或は面部に発し心火、肺金に入り手経に伝わり、或は胃部に発し足陽明に属し、或は背部に発し足太陽に属し、四末に発し脾と心に属す。色、紅赤は胃熱なり、紫黒は胃爛なり。三因に云ふ、赤は治し易く、黒は治し難し。一は之を下すに早く、一は之を下すに晩き故なり。乃ち、外、熱病を感じて発班せば、当に玄参升麻・白虎等の湯を服すべし。
陰証の発班は亦た背胃に出で、又た手足に出で、稀少にして、微紅となる。若し熱証と作して涼剤を投ぜば大に誤りなり。此の無根失守の火、胸に聚り肺を薫じて皮膚に伝る。蚊蚤咬むの状の如くして錦文に非ず。調中温胃に茴・芍を加れば火下り班退く。謂ふべきは本を治して標を治せずと。
〇癮疹の証治
〈心〉癮疹多くは脾に属し隠々然として皮間に在る。故に癮疹と言ふ。発するは多くは痒く或は不仁す。是れ、風を兼ね湿を兼ぬるの殊なり。色赤なるは火の化を兼ぬるなり。
方、班及び癮疹を治すは、大力子(六銭)、荊芥、防風(各々二銭)。右を咬咀して煎じて服す、或は犀角末を調して下す。
〈伝〉一方、発班及び癮疹痒痛を治すは、防風(一銭半)、地骨・耆・芍・荊・枳穀・大力子(炒め各々七分半)右を咬咀して煎じて服す。
≪求嗣篇≫
〇熱を服して子を求むるの誤りを戒す
〈玉〉丹渓曰く、子無きの因、多くは父気の不足に起こる。豈に独り罪を母血の虚寒に帰すべけんや。況や、母の血病、奚(なん)ぞ虚と寒とに止めて已(やま)んや。然るに、古方、婦人の子無きを治するに、執して熱剤を用いて率て皆之を服し、夫れ、子を陰血に求むるに、何ぞ軽しく熱剤を用るに至るや。或るは曰く、春気は温和にして物生じ、冬気は寒凛にして物消ゆ、熱剤を假(か)らずば何に由りてか子臓暖きことを得て胎を成すや、と。予が曰く、詩に言へらく、婦人和平なるは楽(この)んで子有り、と。和は気血争ず、平は陰陽乖(そむ)かず。今、熱剤を得ば、経血紫黒に必ず転じ、漸く衰へ少なくなりて、或は先だち、或は後る。始めは飲食馳(にわか)に進み、久しくは口苦く舌乾き、陰陽平ならず、気血和せず。焉(いずく)んぞ能く胎を為すや。縦使(たとひ)子を成す有るも亦た多病なり。其の能、真陰を損するを以てなり。
〈簒〉子無きは、血少なくして精を摂せざるに由る。俗に、虚冷と為して熱薬を用ひ、臓腑を煎じて血気沸騰し、禍、踝を旋(めぐら)さず。或は、皆艾を服すも、艾の性は至りて熱なることを知らず。熟艾、火を入れて灸すれば下行し、薬に入れて服すれば上行し、多く服すれば必ず毒を致す。
〈伝〉夫れ人は、嗣を求めんと欲さば、必ず先ず其の婦人の経脉調否を視よ。如(も)し未だ調はざれば必ず薬を以て之を調へよ。
〇求嗣肥痩の弁剤
〈簒〉肥女躯脂満溢するは、子宮閉塞して孕むこと得ざる。宜しく湿を行(めぐ)らし痰を燥(かわ)かせ。天南星、半夏、川芎、防風、羌活。或は朮有りて風・活無し。痩婦は、子宮乾き渋りて受胎すること能はず。宜しく陰を滋し血を養ふべし。四物に香附子・黄芩を加ふ。
〇求嗣交合の例法
〈婦〉男は十六にして精通ずると雖も、必ず三十にして娶るべし。女は十四にして天癸至ると雖も、必ず二十にして嫁ぐべし。皆、陰陽の完実を欲し、然して後交合すれば孕み、孕めば育ち、育たば子と為り、堅壮、強寿す。
若し未だ笄(かんざし)せざる女、天癸始まり至り、已に男色に近づけば、陰気早く漏れ未完にして傷(やぶ)れ、未実にして動く。是を以て、交わるも孕まず、孕むも育たず、育つも子危く、寿せず。
〈伝〉月経方(まさ)に絶え、金水纔(わずか)に生まる。此の時、子宮正(まさ)に開く。乃ち受精・結胎の候、妙(たへ)に合(まじ)わり大ひに和するの時なり。此の佳期を過ぐるは、子宮閉じて受胎せざるなり。月候方に一日、三日、五日に交合すれば男を成し、二日、四日、六日に交合すすれば女を成す、此れを過ぐれば孕まず。
若し陰血先ず至り、陽精後に衝(つ)かば縦気来乗して血開きて精を裹(つつ)む、陰外にして陽内なり。坎(かん)を象(かたど)りて男を為す。若し陽精先ず入り、陰血後に参らば横気来りて精開きて血を裹む、陰内にして陽外なり。離(り)に象りて女を為す。
伝に曰く、不孝に三有り、後無きを大と為す。古詩に曰く、無官にして一身軽くも子有らば万事足る。誠なるかな是の言(こと)や。嗣無き者は、宜しく深く之を思ひて怠ることなかれ。
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